梁木靖弘

梁木靖弘(はりき・やすひろ)

1952 年福岡市生まれ。早稲田大学大学院修了。
九州大谷短期大学教授を経て、演劇・映画評論家。
2020年までアジアフォーカス・福岡国際映画祭ディレクター。
主な訳書に『映画について』、『パリのオッフェンバック』、『コメディア・デラルテ』、著書に『聖なる怪物たち』『渚のモダニズム』など。

「忘れがたい二人の監督」

  インドネシアには、忘れがたい二人の監督がいる。私がアジアフォーカス・福岡国際映画 祭のディレクターになりたての2007年、ロッテルダム国際映画祭で『オペラジャワ』という映画を見た。土着の伝統芸能と前衛美術のフォルマリズムが結合した衝撃的なアート・フィルムで、とにかく興奮した。翌日、道ばたで見かけた監督のガリン・ヌグロホに、福岡に招待したいと申し出ると、あっさりOKしてくれた。福岡に戻って、早速招待状を出したのだが、なかなか返事が来ない。のらりくらりと引き延ばされて、結局、上映を諦めた。一度ならよいのだが、2015年のインドネシア大特集のときも、ぼくらはジャカルタに出かけてヌグロホ同席の下、新作の試写まで見て、『サタンジャワ』など新しい企画の話も聞かされたのだが、結局、手ぶらで帰った。

  長らく、そのガリン・ヌグロホが代表していたインドネシア映画界に、2000年代に入ったあたりから、俊英たちが登場してくる。中心にいるのが、福岡に何度も来ているリリ・リザである。もしゃもしゃの髪に、小柄で、少年のように快活な彼は、毎年のように長編を発表している。『GIE』(05)以降、ほとんどの作品がアジアフォーカスで上映されているが、なかでも『虹の兵士たち』(08)は、国内で400万人以上の観客動員をし、歴代の興行記録NO.1の大ヒット作となっている。余勢を駆って、2010年にはジャカルタの大劇場でこれをミュージカル化し、舞台初演出ながら、1か月のロングラン公演を成功させている。『夢追いかけて』(09)は、その続編である。

  バロックの森のように重厚なヌグロホ作品に対し、リリ・リザは、同時代史に鋭く踏み込みながら、大衆的なセンスを武器に、商業的にも成功する。誰もが共感できる典型的な人物を選び、彼らの逡巡、停滞、そして成長というふうに、成長物語として描く。個人と社会がぶつかりあう歴史を、個人の内声を失わずに、真実を持って描きだす。そうすることで、芸術か娯楽かという映画のジレンマを乗り越えようとする。

  リリ・リザの作品は、過去の歴史を再現するのではなく、未来の歴史を創造しようという意志につらぬかれている。言いかえれば、リリ・リザの作品は、私たち日本人が忘れてしまった未来への希望、本来教育が持つべき使命感を、みずみずしく持ち続けている。

  対照的なこの二人は、インドネシア映画の対照的な側面を教えてくれたことで、私にとっては忘れがたい監督たちである。

2022/08/06 梁木靖弘